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横浜地方裁判所 昭和57年(ワ)2784号 判決 1988年3月25日

原告

箕島靖二

原告

箕島満里子

右両名訴訟代理人弁護士

飯田伸一

右同

木村和夫

被告

外山勝之助

右訴訟代理人弁護士

平沼高明

右同

関沢潤

右同

堀井敬一

右同

野邊寛太郎

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告両名に対し、各金三三二〇万円及び内各金三〇一八万五〇〇〇円に対する昭和五七年一月二六日から、内各金三〇一万五〇〇〇円に対する本判決確定の日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、肩書地において外山医院を開業している医師であり、原告箕島靖二(以下「原告靖二」という。)は亡箕島三枝子(以下「三枝子」という。)の父、原告箕島満里子(以下「原告満里子」という。)はその母である。

2  事実経過

(一) 三枝子は、昭和五六年一二月三〇日頃から元気がなくなり、同五七年一月一日から同月二日にかけて三八度C位の発熱、左側耳下腺(リンパ腺)が腫れてきたが、自宅で安静にしていたところ、同月四日から五日頃にかけ一旦熱は下がり、耳下腺の腫れもひいた。ところが、同月五日から六日頃にかけ再び発熱し、今度は右側耳下腺が腫れてきたが、患部を冷やしながら自宅で安静にし、同月八日からは通学していた。しかし、同月一一日、三枝子は右側耳下腺の腫れがひどくなり、熱も三八度C位にあがつた。

(二)(1) そこで、同日、三枝子は原告満里子に付き添われて外山医院を訪れ、被告の診察を受け、被告との間で診療契約を締結した。

(2) 被告は、五分間ほど三枝子の症状の経過について問診したのち、耳の下のところを触診し、耳下腺炎と診断し、合成ペニシリン製剤であるヤマシリン等を処方した。

(3) 三枝子は、その後、被告から処方を受けた薬を服用し、学校を休み患部を冷やして安静にしていたところ、同月一四日頃までに熱も下がり元気になつてきた。

(4) 三枝子は、初診から同月一三日頃まで次のような投薬を受けた。

同月一一日から抗生剤である合成ペニシリンのヤマシリン、消炎、鎮痛、解熱剤として同月一一日からブルフェン、同月一一日にスルピリン、同月一一日から消炎酵素剤エンピナースP、同月一一日、一三日に消炎鎮痛ハップ剤シンパスS。

(5) ところが、三枝子は、同月一五日未明から再度発熱したので、その日一日安静にした後、翌一六日被告の診察を受けた。三枝子は、当日朝から悪寒があり、悪心、胃陽障害も来していた。被告は、「おかしいね。じやあ今までの薬を全部取り替えてみようか。」といい、薬の処方を替え、エンピナースPと胃陽障害を起こし易いプルフェンの投与をやめ、消化剤エクセラーゼを投与した。ただし、ヤマシリンとスルピリンは投与した。

(三) しかしながら、三枝子は、同月一六日頃から三九度Cないし四〇度Cのひどい高熱を発するとともに、一六日夜頃に、膝に一つ二つぽつんと大粒の湿疹がでてきた。そして、三枝子の高熱は同月一七日も続いた。

(四)(1) そこで、同月一八日朝、原告満里子は被告に検査を依頼し、同日午後三時頃、被告は三枝子の胸部X線検査と血液検査を行つた。被告は、X線検査の結果、原告満里子に「(三枝子は)体格もいいし、どこも悪くないし、胸の方はなんでもない」と説明し、三枝子の膝の湿疹については、なに気なしにちよつと見ただけで何の答えもなかつた。

(2) 同日夜から、三枝子は四〇度C位の発熱をするとともに足の下方から上方に向つて一遍に全身に湿疹が広がり、同時に食欲不振となつた。

(3) 同月一九日、前夜からの三枝子の発熱は依然続き、明け方からは悪寒もでてきていたので、原告満里子は不安になり、被告に電話で相談したところ、被告は「弱り目に崇り目で今病気が次から次へと重なつてしまつた。そんなにあわてなくてもまたよくなりますよ。風疹かもしれないからお家にいて下さい。あとで往診にまいります。」と答えた。

(4) 同日、被告は三枝子を往診し、更に、同月二〇日、二二日と被告は三枝子を往診した。

(5) 同月二〇日、原告満里子は、京都に単身赴任している原告靖二と電話で相談し、船員保険病院の副院長が同人の友人であることから、同病院に入院させてはどうかといわれていたので、翌二一日、被告に対し、その旨申し出たところ、被告は、もし入院が必要になれば横浜市民病院(以下「市民病院」という。)の部長先生を知つているから、同病院を紹介する旨答えた。

(6) 同月二二日、被告は、三枝子を往診した際、原告満里子に対し、「二二日夜様子を見て、二三日朝七時の段階の様子でどうしても入院するようであれば、紹介状を書いてあげます。そして九時に救急車が来るように手配してあげます。」旨指示した。

その夜、原告満里子は、再び電話で原告靖二に相談したところ、土曜日に救急車で運ばれても、土、日は医者の数も少なく条件的に悪いので船員保険病院に入院させるよう先生に相談するように言われたため、電話でその旨被告に伝えたところ、被告から、「そんなにあわてなくても、熱が高く、こんなに寒い状態で運んで肺炎にでもなつたらどうするのか。」とたしなめられ、被告の指示に従つた。

(7) 同月二三日朝、原告満里子は被告に電話をかけ、救急車を手配して貰い、三枝子を市民病院に入院させた。その時の三枝子の容態は、元気がなく、腰が抜けたようで立つことができず、尿の色も紅茶色をしていた。

(8) 同月一八日から市民病院に入院した同月二三日まで、三枝子は次のような投薬を受けている。

イ 抗生物質

一八日から二〇日まで、二二日、二三日、合成ペニシリン製剤であるペングローブ。

二〇日、二一日、アミノグリコシド系のビスタマイシン。

二二日、アミノグリコシド系のエキストラマイシン。

ロ 消炎、鎮痛、解熱剤

一八日、二〇日から二二日まで、ピリン系のスルピリン。

二〇日から二二日まで、ピリン系のメチロン。

一八日から二〇日まで、二二日、二三日、フェニル酢酸誘導体のエピナール。

二一日、二二日、インドール誘導体のインテバン(インドメタシン)。

一八日から二〇日まで、ナイキサン。

ハ 抗アレルギー剤

二〇日、塩酸ジフェンヒドラミンのレスタミンカルシウム。

二〇日、二一日、フマル酸クレマスチンのレカゾール。

二〇日から二三日まで、副腎皮質ホルモン剤(ステロイド剤)のデキサシエロソン。

ニ その他

二〇日、強力ミノファーゲン。

二一日、二二日、ビタミンB1製剤のカルボキシン。

(五)(1) 市民病院に到着した際、救急隊員が三枝子を抱いたところ、大腿の後ろの部分の皮がひぶくれ様になつていて、むけてしまつた(ニコルスキー現象)。

(2) 市民病院の訴外土橋医師は、原告満里子に対し、被告の紹介状を見ながら三枝子の症状の経過、その既往症、家族の既往症等について約三〇分間詳しく問診し、その結果をカルテに記入し、その後診察し、書面に薬物中毒と記載した。

(3) 三枝子は、皮膚科に回され、皮膚のむけた部分の手当を受けた後、病室に入れられ点滴を受けたが、その理由について、原告満里子は、三枝子の体内に残つている薬を一旦全部出してしまうためであるとの説明を受けた。また、被告が投与していた薬は全部中止された。

(4) しかし、同月二四日、三枝子は口から出血し、黒色便をたれ流し、肘、腰等も赤く腫れて痛がるという重篤な症状を示した。

翌二五日も三枝子の右症状は依然続き、原告満里子は、訴外志貴医師から、三枝子の病名を劇症肝炎であると説明を受けた。

(5) そして、同月二六日夕方から夜にかけて、三枝子は交換輸血を受けたが、同日午後九時五〇分死亡した。

(6) 三枝子の死因は、過敏性薬物性肝障害(劇症肝炎)であつた。

3  被告の投薬と三枝子の死亡との因果関係

(一) 薬物性肝障害について

薬物性肝障害には、薬物の直接あるいは間接的中毒作用によつて起こる肝毒性肝障害と、個体の過敏反応による過敏性肝障害とがあるが、本件の場合は過敏性肝障害に該当する。過敏性肝障害は、投与量と関係なく発症し、重症度と投与量とも無関係であつて、潜伏期も不定、発熱、発疹、関節痛、好酸球増加を伴うことが多い。臨床症状としては、起因薬物の投与期間が一週間から一か月前後、自、他覚症状として、食欲不振、悪心、嘔吐、上腹部痛など不定の消化器症状、発熱、黄だん、発疹、かゆみ、関節痛を示すことが多く、診断方法は、病歴調査、自、他覚症状、肝機能検査成績、血液検査成績(好酸球増多)により薬物性肝障害を診断し、次いで免疫学的検査によつて起因薬物を特定する。治療方法は、起因薬物の中止が最も大切であり、それだけで治療する例も多いが、急性期には、安静、食事療法、肝庇護剤投与、薬物の体外排出を促すための輸液、各種ビタミン剤・グルタチオン投与などの方法をとる。薬物による劇症肝炎でも、早期に発見して投薬を中止し、対策を講じることにより治癒する例が多い。

(二) ところで、三枝子の父方の祖母である訴外箕島フジは、ペニシリンについての薬剤アレルギー体質で、また、原告靖二は魚を食べてじんましんが出たことがあり、三枝子の兄である訴外箕島裕一も満一歳の頃から小学校入学当時まで、牛乳、卵、マグロを食べた際に湿疹がでるストロフルス(幼児期特有のじんましん)にかかつていた。

(三) そして、2項で指摘したように、三枝子は、昭和五七年一月一一日から一七日までペニシリン製剤であるヤマシリンを、同月一八日から二〇日まで、二二日、二三日、同種のペニシリン製剤であるペングローブの投与を受け、同月一六日頃から発疹し、同月一八日夜から発疹が全身に広がり、食欲不振となり、同月一九日には、発熱、悪寒等の症状を示し、ニコルスキー現象、結膜炎等の症状を示し、また、同月一八日に行つた血液検査の結果によれば、肝機能のデータであるGOT値は七八(正常値四〇以下)、GPT値は一一六(正常値三五以下)と上昇していた。

(四) 以上によれば、三枝子はペニシリンについてのアレルギー体質であつたものであるところ、最初に投与されたヤマシリン(抗原)によつてペニシリンに感化して抗体が作られ、同じペニシリン製剤であるペングローブの投与によつて、これが抗原の再投与となつたため抗原抗体反応がおき、これに起因して前記の各症状が起きたものであるということができるのであり、三枝子に生じた劇症肝炎は、被告の投薬によつて生じたアレルギー症状の一症状としての過敏性肝障害によるものであるということができる。

(五) 鎮静剤ならびにその他の薬剤の投与

被告が三枝子に投与していた抗消炎解熱鎮痛剤(スルピリン=メチロン、ブルフェン、エンピナース、シンパスS、エピナール、インテバン)については、昭和五二年七月六日付厚生省薬務局長通知で、本剤は対症療法として使用されるものであつて原因療法ではないことに留意すること、急性疾患に対しては、疾患の症状(炎症、疼痛、発熱の程度)を考慮し、原則としては同一の薬剤の長期投与を避け、原因療法があればそれを行い、患者の状態を十分に観察し、副作用の発現に留意すること、感染症を不顕性化するおそれがあるので適切な抗菌剤を併用し観察を十分に行つて慎重に投与すること、消炎鎮痛剤の併用を避けること、高齢者及び小児には副作用の発現に特に注意し、必要最小限度の使用にとどめるなど慎重に投与すること等使用上の注意が指摘されている。従つて、被告は、以上の点を考慮して三枝子に右薬を投与すべき義務があつたにもかかわらず、2項で指摘したように、消炎鎮痛剤を三ないし四種類も併用し、しかも相互作用の指摘があり、ピリン系で副作用を示すことが多いスルピリンを一月一一日から二二日までと長期間投与した。また、その量も、スルピリンは大人一回の投与量が0.3ないし0.5ミリグラムであるにもかかわらず、一月一一日には一グラムを投与し、ヤマシリンについては、大人一日の投与量が五〇〇ミリグラムから一〇〇〇ミリグラムであるところ、その上限である一〇〇〇ミリグラムを投与した。また、抗アレルギー薬についても同種の作用を有するデキサシエロソン、レカゾール、レスタミンカルシウムを併用し、しかもデキサシエロソンとレカゾールについては前記鎮痛解熱剤同様成人の投与量の範囲を超える、デキサシエロソンは一日当りデキサメタゾンとして1.5ないし三ミリグラムで、デキサシエロソンとしては三ないし六カプセルのところ、八カプセルを投与し、レカゾールは一日当り二ミリグラムのところ、四ミリグラムを投与した。

このため、一月一八日以降、薬物性肝障害の症状の出ていた三枝子に対し、火に油をそそぐようなことになり、症状をますます重症化させた。

4  被告の責任

(一) 前記のとおり、昭和五七年一月一一日、三枝子と被告とは、三枝子の現症状の治療について診療契約を締結した。

(二) 問診義務違反

医師にとつて、初診の際には、その後の診断、治療方針の確立のため、患者の主訴、現症、現病歴、既往歴、家族の病歴、特にこれまでの薬物過敏症の有無について十分に問診すべき重要な義務を負つている。そして、特に、本件で被告が投与した薬剤のうち、ヤマシリンは、本人はもとより、両親・兄弟に気管支ぜんそく・発疹・じんましん等のアレルギー反応を起こしやすい体質を有する者がいる患者に対しては慎重に投与すべきであつて、十分な問診をすることが求められている。しかるに被告は、薬物アレルギー、食物アレルギーなどについての既往歴の有無を三枝子、三枝子の両親・兄弟について問診することを怠り、三枝子に薬物アレルギーのあることを看過し、三枝子にとつて禁忌であるペニシリン系薬剤を投与し、三枝子を過敏性薬物性肝障害に罹患させた。

(三) 原因究明義務違反

医師は、キメの細かい診察をすべきであり、診察は、視診、触診、打診、聴診の順で行われるが、触診は、患者の訴えている局所のみに注意を集中することなく、むしろ、その他の部位から触診を始め、最後に訴えている局所に移るという順が良く、打診は、胸部、腹部について行い、聴診は聞きうるところすべてに対して行い、その他の検査を尽くして病気の原因を究明すべき義務がある。しかるに被告は、初診時、三枝子の現症の問診と局部の触診を行つただけで、血液検査、X線撮影、細菌検査等の諸検査、胸、背中の打診、聴診器による聴診、咽喉部の視診など一切行わず、全く原因の究明をなさずに急性咽頭炎兼気管支炎、右耳下腺炎という診断を下して不適切な投薬をし、その後、三枝子の症状が変わつた一月一六日にも検査を行わず、右投薬により自ら招いた肝障害のための薬疹等の症状を知つた同月一九日以降も原因の究明を十分になさず、三枝子の症状を重症化させた。

(四) 薬剤投与の不適切

請求原因3の(五)を指摘したように、被告は、多種類、かつ、多量の薬剤を不適切に投与した。

またヤマシリン、エンピナースP、スルピリン、ブルフェンは、副作用の発現に注意し、発疹等のアレルギー症状が現われた場合には投与を中止すべき旨定められており、三枝子は、一月一六日頃から発疹、同月一八日から発疹の拡大、かゆみ、発熱、食欲不振、悪心等の薬物性肝障害の症状を示し、同月一八日の血液検査の結果によれば、GOT値七八、GPT値一一六と上昇していたのであるから、被告は、投与していた薬剤のうち発疹の症状を起こす可能性のある薬剤については投与を中止し、肝庇護剤投与などの処置をして副作用の拡大を防止すべき注意義務があつたにもかかわらずこれを怠り、漫然と肝障害の副作用もあるスルピリン、メチロンを投与し、他の消炎鎮痛解熱薬の併用を続け、三枝子の肝炎の症状を重症化させた。

(五) 転医義務違反

医師としては、ある検査や治療が自己の能力の限界を越えるような場合には、それに必要な能力を有する他の医師に依頼しなければならない義務を負つている。しかるに被告は、前記のとおり三枝子の症状について明確な診断、治療方針がなく適切な処置ができない状態にあつたにも拘わらず、原告満里子の転院の申出を拒絶し、薬物性肝障害の症状に対して適切な処置ができず、場当たり的な投薬を行なつただけで患者を抱え込んでしまい、転院の時期を失なわせ、三枝子の回復を不可能にした。

5  損害

(一) 慰藉料

医師は、患者の疾病の原因を究明し、その原因に適した治療を行うことを業とする、まさにかけがえのない人の生命と健康に直接関与する職業である。そのため、社会的信用と名声と利益を受けている。ところが、本件は、疾病を治すために医師の診療を受け、そこで投与された薬の副作用でかけがえのない生命をうばわれた事故である。しかも、その行為態様も、最も基本的かつ重要な問診を怠り、種類、量、期間とも誤つた薬剤投与を行つて、自らの行為で薬物性肝障害の症状を引き起こしたにもかかわらず、原因の検査ならびに副作用についての注意を怠り、肝障害に対する何等の治療もしなかつたというもので、患者の信頼に答えるべき医師の職責を著しく怠つたものと言わざるを得ない。しかも、本件医療事故後も責任のがれを図つているのである。

一方、三枝子は、死亡当時健康な満一二歳の少女であつて、教育を受け、学び、遊び、スポーツを楽しみ、就職して働き、結婚し、子供を育てるなど実りの多い人生を歩む矢先にその可能性をもぎ取られたものである。本人並びに両親である原告らの精神的苦痛は計り知れない。

右精神的苦痛は、到底金銭で償えるものではないが、三枝子及び原告らの精神的苦痛を慰藉するには、三枝子につき二〇〇〇万円、原告らにつき各五〇〇万円をもつて相当とする。

(二) 逸失利益

三枝子は、死亡当時満一二歳であつたところ、本件事故がなければ、満一八歳から満六七歳まで四九年間就労可能であり、かつ女子労働者の平均賃金の収入を得ることが可能であつた。そこで、昭和五五年度賃金センサス第一巻第一表女子労働者学歴計を基準に五パーセントのベースアップ分を加算した昭和五六年度の女子全年齢の平均賃金から生活費割合を三割として控除し、一二歳のホフマン係数20.9387を乗じて原告の逸失利益を算出すると、約二八二三万円(一万円未満切捨て)となる。

(三) 葬儀費用

原告らは、三枝子の本件事故による死亡のため葬儀費用として二一四万円を支出し、同額の損害を蒙つた。

(四) 相続

原告らは、三枝子の前記(一)の慰藉料、(二)の損害金合計四八二三万円を各二分の一の割合で相続した。これに前記(一)の固有の慰藉料並びに前記(三)の葬祭費の二分の一を加えると各原告の損害は合計三〇一八万五〇〇〇円となる。

(五) 弁護士費用

原告らは、本件の訴訟追行を原告ら訴訟代理人に委任し、その手数料及び謝礼として請求額の一割の各三〇一万五〇〇〇円を支払うことを約した。

6  よつて、原告らは、被告に対し、債務不履行ないしは不法行為に基づく損害賠償請求として各三三二〇万円及び内三〇一八万五〇〇〇円に対する債務不履行ないし不法行為成立の時である昭和五七年一月二六日から、内三〇一万五〇〇〇円に対する本判決確定の日から各支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項(一)の事実は知らない。

同(二)の(1)ないし(5)の各事実のうち、(1)、(3)の事実、(2)の事実のうち、耳下腺炎症と診断したこと、(5)の事実のうち、三枝子が発熱を訴えて同月一六日被告に受診したこと、被告が薬を変えると言つたことは認め、その余の事実は知らない。

同(三)の事実のうち、三枝子に高熱が続いたことは認め、その余の事実は知らない。

一月一一日から同月一六日まで被告が三枝子を診療した経過は以下のとおりである。

一月一一日が初診で、原告満里子及び三枝子から、三枝子が昭和五六年一二月三〇日頃左側側頸部のリンパ腺が腫脹したが一旦軽快したところ、今日になり右側側頸部が腫脹した旨聞いた。診察したところ、明らかに右耳下腺の腫脹と圧痛、咽頭発赤が認められ、せきを伴うことから咽頭炎兼気管支炎、右耳下腺炎を疑つた。そこで、抗生剤ヤマシリン(二五〇ミリグラム、一日四カプセル、四回、三日分)、消炎剤ブルフェン(四カプセル三日間)補助剤エンビナース(一日四カプセル、四回、三日間)、湿布剤シンバスS(一〇〇グラム)、解熱剤スルピリン(0.5グラム二包)を処方した。

同月一三日、経過は良好であつて、解熱し気分良好となる。そこで、スルピリンの投与を中止したそのほかは、一一日と同一の投薬をした。

同月一六日、朝から悪寒をきたしたということで、来院した。腫脹はやや軽快したが、胃腸障害があるということであつた。そこで、ブルフェンを中止し、消化剤エクセラーゼ(一日四カプセル四回、二日間)、ヤマシリン(二五〇ミリグラム一日四カプセル四回、二日間)、スルピリン(0.5グラム三包)を投与した。

3  同2項(四)の(1)の事実のうち、三枝子がレントゲン撮影、血液検査を受けたことは認め、その余の事実は知らない。

同(2)の事実のうち、三枝子が食欲不振となつたことは認め、その余の事実は否認する。発疹が全身に広がつたのは同月一九日夜半である。

同(3)の事実のうち、原告満里子から電話のあつたことは認め、風疹かもしれないと言つたことは否認する。

同(4)の事実は認める。

同(5)ないし(8)の事実のうち、被告の次の主張に反する事実は否認する。

同月一八日から二三日まで被告が三枝子を診療した経過は以下の通りである。

同月一八日、電話で発熱の相談があつたので、来院して検査を受けるように勧めた。胸部レントゲン撮影の結果、肺紋理の軽度の増強を認め、発熱に関して混合感染を疑いペングロープ(二五〇ミリグラム、一日四カプセル四回、三日間)、エピナール(二五〇ミリグラム、一日四カプセル四回、三日間)、ナイキサン(一日四カプセル四回、三日間)、スルピリン(0.5グラム、二包)を投与した。

同月二〇日午前中、電話で発熱、発疹について相談があつて、午後に往診した。三枝子の全身にやや腫脹した紅斑及び丘疹型の発疹を認めた。風疹、麻診を顧慮したがコブリック斑はなかつた。頸部両側のリンパ腺は腫脹し、圧痛が激しく、痛痒感が著明であつた。そこで被告は、ステロイド剤デキサシエロソン(0.5グラム八カプセル一日四カプセル、二日間)、抗ヒスタミン剤レカゾール(四カプセル一日四回、二日間)、スルピリン(0.5グラム二包)を処方し、二五パーセントメチロン一アンプル・ビスタマイシン(1.0グラム)、強力ミノファーゲンC一アンプル・レスタミンカルシウム(0.5ミリリットル)を注射した。被告は、原告満里子に対し、入院を考慮するように話したところ、父親が出張中ということなので早急に連絡をとるよう助言した。

同月二一日、昼間電話にて三回発熱の相談があつた。入院の件は船員保険病院を希望すると言うので、連絡したが空床がなく、市民病院も空床がなかつた。夜間往診したところ、発熱の変動が激しく四〇度C前後の発熱があつた。全身の紅斑、発疹は消失していたが、著明な咽頭発赤、扁桃充血、左側に膿栓を認めた。そこで、頑固な感染症の結果と認め、母親に入院の必要を説いた。解熱剤、抗生剤、補液として二五パーセントメチロン一アンプル・ビスタマイシン(1.0グラム)、二〇パーセントブドウ糖(二〇cc)・五〇パーセントカルボキシン(五〇ミリグラム)一アンプル、ビタミンC(一〇〇ミリリットル)二アンプルを静注し、インテバン(坐薬二五ミリグラム二ケ)、スルピリン(0.5グラム二包)を投与した。

同月二二日朝、電話で発熱の相談があつたので往診して、抗生剤ペングローブ(二五〇ミリグラム、一日四カプセル四回、二日間)、エピナール(二五〇ミリグラム、一日四カプセル四回、二日間)、ステロイド剤デキサシエロソン(0.5ミリグラム一日八カプセル四回、二日間)、坐薬インテバン(二五ミリグラム二ケ)、スルピリン(0.5グラム三包)を処方した。夕方に電話で発熱の相談があり、夜間に往診したところ、発熱は持続しており、発疹は手掌、手背のみにあるが全体的には消失しており、頸部リンパ腺に圧痛はなく、腕下、股間その他に腫脹はなく、頸部強直なく、心音は正常であつたので、解熱剤、抗生剤である二五パーセントメチロン一アンプル・エキストラマイシン一アンプルを筋注した。補液二〇パーセントブドウ糠二〇cc・五〇パーセントカルボキシン五〇ミリグラム一アンプル、ビタミンC(一〇〇ミリグラム)二アンプルの静注を実施し、入院を強く勧めた。

同月二三日、早朝より電話連絡をとり、船員保険病院は不可であつたので、市民病院の志貴医師に連絡して入院させた。

4  同2項(五)の(1)ないし(6)の各事実のうち、三枝子が市民病院に入院したこと、訴外志貴医師が診察にあたつたこと、三枝子が同月二六日午後九時五〇分死亡したことは認め、その余の事実は知らない。

5  同3項(一)の事実は認め、同(二)の事実は知らない。同(四)は争う。同(三)、(五)の事実については、前記3の末項の被告主張に抵触する部分は争う。

一月二二日までの三枝子の症状のうち薬物性肝障害の自、他覚症状に該当すると思われるものは、発熱、食欲不振、発疹、かゆみだけであり、黄だん、肝腫大、嘔吐、上腹部痛などの症状は全く認められなかつた。しかも、薬物性肝障害の症例のうち、発疹は患者の約四分の一、そう痒感は約三分の一にみられるにすぎないものであるし、発熱、食欲不振、黄だんについては約六〇パーセントにみられるものの基礎疾患との関連を考慮しなければならないものである。また、基礎疾患との関連もあるが、一万以上の白血球の増多をみたものが約二五パーセントあり、白血球増多、好酸球増多はアレルギーに基づく薬物性肝障害の所見の一つで、ウイルス性肝炎では白血球の減少を認め好酸球増多をみることが少ないものであるところ、三枝子の血液学的検査の結果では、一月一八日の検査結果では白血球数が正常値よりも低く、同月二三日の市民病院入院時の結果でも二三〇〇と正常値よりも低いのであり、好酸球増多も認められなかつた。従つて、三枝子が薬物性肝障害になつていたということはできない。

6  同4項(一)は認める。

同(二)の事実のうち、問診義務、スルピリン、ヤマシリンに関する記述は一般論としては認め、その余の事実は否認する。

同(三)は争う。被告は、初診時三枝子の現症の経過、三枝子と家族の既往歴(薬品アレルギー)について問診したのち、患部を触診し、咽頭部を視診して急性咽頭炎兼気管支炎、右耳下腺炎と診断したのであり、また、そもそも臨床検査は臨床家の目で一旦ふるいにかけて、必要なものについて行うべきものであつて、推認される疾病の重大性や患者の肉体的負担の度合等の考慮を抜きにしてむやみに行うべきものではない。

同(四)は争う。被告は、三枝子の症状の変化にあわせて薬剤を処方しており、その種類、量の選択に何等不適切なものは存しない。

同(五)は争う。三枝子の症状には、劇症肝炎を疑わせる臨床所見は全く認められず、一般状態としても極めて重篤であつたとは認められず、被告には転医義務違反は認められない。

7  同5項(一)ないし(五)は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、三枝子の発病と死亡に至る経過について判断する。

<証拠>によれば、次の事実が認められる(但し、以下において認定説示する事実の中には、事実欄記載のとおり、当事者間に争いのない事実も含まれているが、説示の便宜上、特にその旨明示しないこととする。)。

1  三枝子は、昭和五六年一二月三〇日頃から元気がなくなり、昭和五七年一月一日から同月二日にかけて、三八度C位の発熱があり、首の横の痛みを訴え、左側耳下腺のあたりが少し腫れて来ているようだつたので、自宅で安静にしていたところ、五日頃には熱も下がり、腫れもひいたが、六日頃再び熱が出て今度は右側耳下腺のあたりが腫れて来たので、患部を冷やし自宅で安静にしていたが、同月八日から通学していた。しかし、同月一一日になつて腫れがひどくなり、熱も三八度C位になつたので、同日、原告満里子に付き添われて被告の経営する医院を訪れた。

2  被告は、原告満里子から三枝子の症状の経過を聞いた後、三枝子を診察したところ、右側耳下腺に明らかな腫脹と圧痛、咽頭の発赤が認められたので、急性咽頭炎、右耳下腺炎と診断し、薬剤アレルギーが三枝子にないことを確認したうえ、抗生物質である合成ペニシリン剤ヤマシリン(二五〇ミリグラム)、消炎剤であるブルフェン(一〇〇ミリグラム)、消炎酵素剤であるエンピナースPを、各三日分(一日四回、各一回一カプセル服用)、湿布剤であるシンパスSを一〇〇グラム、有熱時のため解熱剤であるスルピリン(0.5グラム)を二包処方した。

同月一二日、一三日と三枝子は熱も下がり、元気になつた。

同月一三日、被告は、原告満里子が薬を受取りに来院したとき、三枝子の症状を聞いたところ、調子が良くなつて熱も下がつたということだつたので、スルピリンの投与を中止し、他は前回と同一の薬を処方した。

3  ところが、三枝子は、同月一四日夜中から発熱し、一五日夕方には再度三八度C位の発熱があり、安静にしていても熱が下がらなかつたので、同月一六日被告の診察を受けた。

被告は、原告満里子から発熱の経緯と朝からは悪寒もしていること、悪心があつて食欲がないということを聞き、三枝子を診察したところ、右耳下腺の腫脹はやや軽快していた。そこで、被告は、胃腸障害を起こしやすいブルフェンの投与を中止し、消化剤エクセラーゼ、前記ヤマシリン(二五〇ミリグラム)を各二日分(一日四回、一回一カプセル服用)、同スルピリン(0.5グラム)を三包処方した。

同月一七日から一八日にかけて三枝子は三九度Cないし四〇度C位の高熱が続いたので、一八日午前八時頃、原告満里子は被告に電話で発熱の相談をし、一度検査してほしい旨申し出たところ、被告から午後三時頃来院するように告げられたので、その頃、三枝子を病院に連れて行つた。被告は、原告満里子から三枝子の発熱は早朝に多い旨聞き、三枝子を診察して軽度の咽喉の発赤を認め、血液検査のため血液を採取し、胸部レントゲン検査を実施したところ、胸部レントゲン検査の結果において肺紋理の軽度の増強が認められたが著変はなく、以上の症状から混合感染症を疑つた。被告は、同日、ヤマシリンに代え合成ペニシリン剤であるペングローブを使用することとし、同剤(二五〇ミリグラム)、抗炎症鎮痛剤であるエピナール(二五〇ミリグラム)、消炎鎮痛剤であるナイキサンを各三日分(一日四回、一回一カプセル服用)、前記スルピリン(0.5グラム)を二包処方した。

4  三枝子は、その後も依然発熱を続け、同月一九日夜には下肢から始まり、全身に紅斑及び丘疹が広がつた。

そこで、原告満里子は、翌二〇日午前九時頃被告に電話で発疹と発熱について相談し、同日午前一一時頃にも再び電話で相談したところ、被告は、風疹かも知れない旨答え、同日午後二時頃三枝子を往診した。

被告が三枝子を診察したところ、胃腸症状、肝臓肥大、右のfile_3.jpg肋部の痛み、黄だんの所見がなく、赤味を帯びた丘疹型の発疹が認められたがコブリック斑がなかつたため風疹の可能性はなく、頸部両側のリンパ腺は腫脹して圧痛が激しく、弛緩型の高熱を認めたので、被告はビールス性の混合感染症を疑つた。被告は、同日、解熱鎮痛剤である二五パーセントメチロン一アンプル・ビスタマイシン(1.0グラム)を、発疹及びそう痒感の対症療法としてアレルギー性疾患治療薬である強力ミノファーゲンC一アンプル及びレスタミンカルシウム(0.5ミリリットル)を筋肉注射したうえ、重症混合感染症への移行をおそれて、ステロイド剤であるデキサシエロソン(0.5グラム)を二日分(一日四回、一回二カプセル)、そう痒感の対症療法として抗ヒスタミン剤レカゾールを二日分(一日四回、一回一カプセル)を処方し、前記スルピリン(0.5グラム)を二包処方した。

なお、同日夕方被告が往診を終えた後、同月一八日に採取した血液検査の結果がでたが、それによると、GOT七八mU/ml(正常値四〇以下)、GPT一一六mU/ml(正常値三五以下)、ALP(アルカリフオスフアターゼ)12.6KA単位(正常値2.6ないし10.0)、総コレステロール一四三mg/dl(正常値一三〇ないし二五〇)、TTT1.0単位(正常値〇ないし四)、ZTT五単位(正常値四ないし一二)、白血球数三一〇〇(正常値四〇〇〇ないし八〇〇〇)、黄だん指数六(正常値三ないし六)、血沈値二〇/四〇で白血球数の減少が顕著であつたほか、肝機能に軽度の障害が認められた。

5  その夜、原告満里子は、京都に単身赴任中であつた原告靖二に電話をかけて三枝子の病状について相談し、原告靖二から、知人が副院長をしている船員保険病院に入院させるように指示を受けた。

同月二一日、依然三枝子の高熱が続いたので、原告満里子は、日中に三回被告に電話をかけて発熱及び右入院の件について相談したが、被告が、船員保険病院に連絡をとつたが空床がないということであつた。被告は、同日午後七時三〇分頃三枝子を往診したが、三枝子は四〇度C前後の高熱を発し、その変動が激しく、全身の紅斑発疹は消退したものの、著明な咽頭の発赤、雇桃の肥大充血が認められ、しかもその左側は膿栓を形成していた。そこで、被告は、三枝子の症状は、腺窩性扁桃炎が原因の一であると診断し、解熱・抗生、補液を目的として前記二五パーセントメチロン一アンプル・抗生物質であるビスタマイシン(1.0グラム)、二〇パーセントブドウ糖(二〇cc)・五〇パーセントカルボキシン(五〇ミリグラム)一アンプル、ビタミンC(一〇〇ミリリットル)二アンプルを静脈注射し、解熱鎮痛剤であるインテバン(二五ミリグラム)坐薬二個、前記スルピリン(0.5グラム)二包を処方した。

6  同月二二日、三枝子の高熱は依然続いていたので、原告満里子は、午前九時頃被告に電話で相談し、被告は、前記ペングローブ(二五〇ミリグラム)、同エピナールを各二日分(一日四回、一回一カプセル)、ステロイド剤デキサシエロソン(0.5ミリグラム)を二日分(一日四回、一回二カプセル)、同インテバン(二五ミリグラム)坐薬二個、同スルピリン(0.5グラム)三包を処方した。

同日夕方、被告は原告満里子から電話で発熱の相談があつたので、午後七時三〇分頃三枝子を往診したところ、発疹は四肢には残つていたが、全体的には消退の傾向にあり、頸部リンパ腺の圧痛はなく、腕下、股下その他のリンパ腺にも腫脹はなかつた。また、高熱が依然続いていたので、脳炎、髄膜炎等を疑つたが、頸部硬直はなくケルニッヒ症候もなく、胸部に雑音はなく、心音は正常であつて、脳炎、髄膜炎を起こしているおそれはなかつた。しかし、混合感染は相当進んでおり体力的な消耗は限界にきていたので、被告は、前記二五パーセントメチロン一アンプル・エキストラマイシン一アンプルを筋肉注射し、補液として二〇パーセントブドウ糠二〇cc・五〇パーセントカルボキシン五〇ミリグラム一アンプル、ビタミンC(一〇〇ミリグラム)二アンプルを静脈注射するとともに、原告満里子に対し、今晩一晩様子をみて翌朝も容態が良化しないようであれば救急車で入院できるよう手配しておくから、電話連絡するように伝え、市民病院と連絡をとつた。

その夜、原告満里子は電話で原告靖二に相談したところ、その夜のうちに船員保険病院に入院させるように言われたため、被告に電話でその旨伝えたが、被告から熱が高い状態でこんなに夜遅くに運んで肺炎にでもなつたらどうするのかとたしなめられたため、その言に従うこととした。

7  なお、三枝子は、初診の同月一一日から同月二二日までの間に被告から処方された薬剤をほとんど服用していたが、ヤマシリン、ペングローブは経口の合成ペニシリン剤で毒性が弱く、他の消炎・鎮痛・解熱剤も一般的に使用される薬剤であつた。

8  同月二三日朝、原告満里子は、三枝子の熱が突然下がつたものの顔色に赤みがなく青ざめたような感じで、尿も紅茶のように茶色であつたので、被告に電話をして入院を依頼し、救急車を呼んでもらい、三枝子を市民病院に連れて行つた。

その際被告は、市民病院宛てに、病名を疑ウイルス性感染症とし、症状経過概略を記載したうえ、発熱は高熱で安定する傾向もなく、全身衰弱の傾向を来しており、このままでは衰弱がすすむ傾向にあるので、御高診のうえ、御精査御加療願へれば幸いである旨の紹介状を作成し、市民病院に持参させた。

9  市民病院では、小児科部長の訴外土僑光俊医師が三枝子の診察にあたり、問診をしたところ、三枝子には、過去に食品、薬物その他のアレルギーはなかつたが、父方の祖母がペニシリンを含む目薬によつてペニシリンアレルギーを起こしたことがあり、三枝子の兄がストロフルスであつたということであつた。また、三枝子の症状は、意識及び精神は明瞭であつたが顔色が優れず、発熱しており、口内が荒れていて舌苔を生じ、結膜がやや充血し、下肢全体に軽度の発赤があり、左足上腿部の後部に一部皮膚剥離があり、背部・腹部に点状出血、頸部リンパ節にびまん性の腫れがあつた。土橋医師は、三枝子を入院させることとし、主治医を訴外志貴祐二医師とし、志貴医師は、直ちに皮膚科に併診を依頼した。皮膚科における診断は、ウイルス性の疾患を否定できないが、薬物による中毒疹の疑いということであつた。以上から、市民病院では、同日午後から三枝子に対し、それまで投与されていた薬剤を中止し、エンドトキシン(体内毒素)の排出を促すため、ブドウ糖、ナトリウム、カリウム、ビタミンB1、B2、Cを含む輸液(ソリタT3)の点滴を開始した。しかし、三枝子は、同日午後六時頃から下半身の発疹が著明になり、頸部腫脹と四〇度C前後の高熱が続いた。

同日市民病院で実施された血液検査の結果は、LDH三九七六mU/ml(正常値一三〇ないし二五〇)、GOT七四五mU/ml(正常値五ないし二七)、GPT三二七mU/ml(正常値五ないし二四)、ALP57.9KA単位(正常値3.3ないし9.6)、総コレステロール一一八mg/dl(正常値一三〇ないし二五〇)、TTT3.3単位(正常値〇ないし5.4)、ZTT3.1単位(正常値3.6ないし10.8)、白血球数二三〇〇、白血球像が好中球八〇パーセント、リンパ球一九パーセント、単球一パーセント、好酸球、好塩基球いずれも検知せずで、白血球数、好酸球割合の減少が顕著であり、LDH、GOT、GPT、ALP値の上昇から肝機能にかなりの障害が認められた。

同月二四日、前日と同様の処置がとられたが、三枝子の高熱は依然続き、意識は明瞭であるものの全身の皮膚発赤が軽度であるが持続し、肝肥大が認められた。

同月二五日、三枝子の重篤な状態は依然続いていたが、夕方頃から突然解熱し、午後八時三〇分頃には36.5度Cとなつたが、肝臓の圧痛が顕著でひ臓には辺線ポリープが認められた。

そして、この日の血液検査の結果は、同日午前九時の検査が、LDH一三八八一mU/ml、GOT二五二九mU/ml、GPT六二五mU/ml、ALP55.5KA単位、LAP一〇二五G―R単位、γGTP三一六mU/ml、白血球数五四〇〇、白血球像が好中球二〇パーセント、リンパ球七九パーセント、好塩基球一パーセント、単球、好酸球いずれも察知せず、同日午後三時の検査では、LDH一三七三七mU/ml、GOT二五〇五mU/ml、GPT六〇六mU/mlであつて、LDH、GOT、GPT、ALP、、LAP、γGTP値の上昇は肝機能の障害が急速に進んでいることを示していた。

同日、市民病院では、三枝子の肝炎が劇症化し、DIG(血管内凝固症候群)を併発しているものと診断し、ステロイド剤であるプレドニンの投与を開始した。

同月二六日午前、三枝子は依然重篤な状態であつて、意識は見当識はあるものの譫妄状態で、肝臓はやや縮小し硬度がかなり強く、全身の皮膚に出血斑が認められた。同日の血液検査結果は、LDH三〇八四五mU/ml、GOT四九〇八mU/ml、GPT八八五mU/ml、ALP51.4KA単位、総コレステロール一二九mg/de、TTT1.5単位、ZTT1.1単位、白血球数八四〇〇、白血球像が好中球七三パーセント、リンパ球二五パーセント、異型リンパ球二パーセント、単球、好酸球、好塩基球いずれも検知せずであつた。

市民病院では、同日午後五時二五分から交換輸血を開始し、同七時五〇分終了した。その間、白血球数が増多し、敗血症の虞れもあつたので、抗生剤であるセフアメジンを投与した。

しかし、同日午後八時五〇分頃、三枝子は突然呼吸停止、心停止となり、心臓マッサージなどが試みられたが、同日午後九時五〇分死亡した。三枝子の死因は劇症肝炎であつた。

市民病院入院後、市民病院でなされた免疫血清検査では、HBs抗原、HBs抗体がいずれも陰性、DNAテストでは、抗核抗体、抗DNA抗体がいずれも陰性、ウイルス血清反応では、インフルエンザA(CF)八バイ、インフルエンザB(CF)一六バイ、RSウイルス(CF)一六バイ、ムンプス(HI)八バイ、マイコプラズマ(CF)一六バイでいずれも基準値以上であり、ムンプス(CF)、アデノ(CF)、フウシン(HI)、マイコプラズマ(PHA)はいずれも基準値以下であつた。

なお、市民病院では、三枝子の症状につき薬物性中毒を疑つたが、その原因薬剤を確定するためのリンパ球培養試験等薬物感受性試験は行わなかつた。

以上のとおり認められる。<証拠判断略>

三被告の投薬と三枝子の死亡の因果関係について

1  請求原因3項(一)の薬物性肝炎の定義については当事者間に争いがない。

そこで、薬物性肝炎の診断方法についての医学的見解について検討する。

原本の存在、成立が当事者間に争いのない甲第四号証(東京慈恵会医科大学教授亀田治男責任編集の「肝疾患ハンドブック最近看護セミナー疾患論」以下「肝疾患ハンドブック」という。)によると、薬物性肝炎は、薬物を投与するにいたつた基礎疾患に合併した肝障害の場合もあるため、診断は慎重に行わなければならないこと、病歴の調査、自他覚症状、肝機能検査成績、肝組織像、過敏性のものでは好酸球増多などから薬物性肝障害を診断し、次いで免疫学的検査、再投与試験で起因薬物を判定すること、「薬物と肝研究会」がまとめた過敏性薬物性肝障害の診断基準試案においては、「(一)薬物の服用開始後(一ないし四週間)に肝機能障害を認める。(二)初発症状として発熱、発疹、皮膚そう痒、黄だんなどを認める(二項目以上を陽性とする)。(三)末梢血液像に、好酸球増多(六パーセント以上)、または白血球増多を認める。(四)偶然の再投与により、肝障害の発現を認める。(五)薬物感受性試験―リンパ球培養試験、皮膚試験が陽性である。の五つの場合において、(一)、(四)または(一)、(五)をみたすものは確診、(一)、(二)または(一)、(三)をみたすものは疑診とする。」とされていること、及び劇症肝炎の原因としては、ウイルス性肝炎によるものが約五〇パーセントで、その半数が輸血によるものであり、薬物によるものが約五パーセント、不明のものが約四〇パーセントであること、ペニシリン系薬物による肝疾患の症例一一において、発熱36.4パーセント、胃腸症状9.1パーセント、発疹とかゆみ63.6パーセント、黄だん54.5パーセント、肝腫9.1パーセントの割合で右各症状がみられたとの研究結果が報告されている。次に、原本の存在、成立の真正につき当事者間に争いのない乙第三号証(順天堂大学消化器内科山口毅一外三名による「薬剤過敏性肝障害の病態」、以下、「薬剤過敏性肝障害の病態」という。)によれば、順天堂大学における急性肝障害入院患者のうち薬剤過敏性機序によるものは、昭和四七年、同四八年は共に約三〇パーセント、同四九年は約四三パーセント、同五〇年は約五三パーセント、同五一年は約五五パーセントで、その余はウイルス性であり、その全症例のうちリンパ球刺激試験によつて診断した薬剤性肝障害一七〇例のうち抗生物資を原因とするものが三三パーセント(六四例)、解熱鎮痛剤を原因とするものが一四パーセント(二八例)、化学療法剤を原因とするものが一三パーセント(二五例)でこれらが全体の三分の二を占めたこと、薬物性肝障害の初発症状とされる発熱・発疹・そう痒のアレルギー症状のうち、発疹は約四分の一、そう痒は約三分の一、発熱、胃腸症状、黄だんは約六〇パーセントにみられ(発熱、胃腸症状、黄だんは基礎疾患との関連を考慮しなければならない)、これらすべての症状を示した症例は五パーセントであつたこと、本症と急性B型肝炎の初発症状の比較で、本症に発熱が多く、胃腸症状が少ない傾向が見られたこと、また、末梢血液像で、六パーセント以上の好酸球増多が六〇パーセントに見られ、基礎疾患との関連もあるが、一万以上の白血球の増多をみたものが約二五パーセントあり、しかもウイルス性肝炎では白血球の減少を認め好酸球増多をみることが少ないので、好酸球増多、白血球増多は薬剤過敏性肝障害を疑う根拠となるものであること、肝機能検査では、GOT、GPTの最高値の平均はおのおの三三五単位で、両者間に差を認めなかつたこと、右トランスアミナーゼ値が二〇〇単位以下の症例が半数を占め、五〇〇単位以上が二二パーセント、一〇〇〇単位以上は八パーセントに過ぎなかつたこと、ALP値の平均は二四KA単位で、二〇単位以上が四〇パーセントを占めたこと、LAP値の平均は四七七単位で、四〇〇単位以上が約半数を占め、γGTP値の平均は二〇〇単位で、一〇〇単位以上が約六〇パーセントを占め、総コレステロール値の平均は二七〇mg/dlで、正常値以上の例が半数を占めたこと、膠質反応でTTTの正常範囲が半数、ZTTのそれが七〇パーセントを占めたこと、全体として薬剤過敏性肝障害は急性ウイルス肝炎に比較し、トランスアミラーゼ値が低く、胆管系酵素が高値を示したことが報告されている。また、成立につき当事者間に争いのない甲第一八号証(東京女子医科大学教授清水喜八郎外編集の「疾患と治療薬医師薬剤師のためのマニュアル」、以下「疾患と治療薬」という。)によると、薬物アレルギーの症状は即時型反応と遅延型反応に大別されるが、薬物アレルギーの各症状がいずれの型に属するかを決定することはなかなか困難であること、薬物アレルギーの症状としては、発熱、関節痛、リンパ節腫脹、鼻炎、気管支ぜん息、ショック、肝障害、栓球減少、溶血性貧血などの全身症状、じんましん、皮膚そう痒、剥脱性皮膚炎、水疱性発疹、多型紅斑型発疹、固定疹紫班、湿疹様皮膚炎、光線性過敏症のなどの多彩な皮膚症状があり、薬物により皮膚病変にある程度特徴のあることが認められている(例えば、固定疹は、フェノルフエタレイン、ピラゾン系薬剤、サルファ剤、バルビタール系薬剤により発症することが多いし、剥脱性皮膚炎は重金属、ヒ素剤に起因することが多い。)とされている。また、同甲第二〇号証(東京大学医学部物療内科中沢幸胤外二名著の「理療臨床各論」、以下「理療臨床各論」という。)によると、薬剤は多種多様のアレルギー反応をおこすが、これを即時型反応と遅延型反応の二つに大別することができ、遅延型反応は症例によつて多種多様であるが、次の症状が重複してくることもあれば、一つの症状だけが目立つてくることもある。①皮膚症状 丘疹、紫斑、剥脱性皮膚炎、固定疹、② 造血器症状 アグラヌロチトーゼ、血小板減少症とされている。

2  以上に基づき被告の投薬と三枝子の死亡との因果関係、すなわち、三枝子の劇症肝炎が過敏性薬物性肝障害によるものか否かについて判断するに、三枝子の罹患した劇症肝炎が過敏性薬物性肝障害によるものであつたか否かについては、三枝子につきリンパ球培養試験等の薬物感受性試験が行われなかつたので、三枝子の病歴、自他覚症状、肝機能検査成績、好酸球割合等から検討するを得ないものである。

よつて、以下この面から検討するに、被告が、三枝子に対し、抗生剤ヤマシリン等を一月一一日、同月一三日及び同月一六日に処方し、抗生剤ペングローブ等を、同月一八日及び同月二二日に処方したこと、三枝子が、同月一四日夜から一五日朝にかけて発熱し、同月一六日には発熱、悪寒、悪心、食欲不振となり、同月一八日には三九度Cないし四〇度Cの発熱をし、GOT七八mU/ml、GPT一一六mU/mlを示し、同月一九日には高熱を持続し、夜には全身に紅斑及び丘疹型発疹を生じ、そう痒感を有し、その後も高熱は持続し、同月二三日には皮膚剥離を生じ、結膜の充血を示したこと、以上の被告の投薬と三枝子の発症の経過は、薬物の服用開始後(一ないし四週間)に肝機能障害を認めたこと、初発症状として発熱、発疹、皮膚そう痒を認めたことの二点において、「薬物と肝研究会」がまとめた過敏性薬物性肝障害の診断基準試案(以下「診断基準試案」という。)の疑診とされるものであり、皮膚症状は、「疾患と治療薬」、「理療臨床各論」で報告されている薬物アレルギーの各症状に相応するものと判断される。また、三枝子の血液検査の結果で、ALPが一月二三日に57.9KA単位、二五日午前に55.5KA単位、二六日に51.5KA単位であつたこと、γGTPが同月二五日午前に一一八mU/mlであつたこと、TTTが同月二三日に3.5単位、二六日に1.5単位であつたこと、ZTTが同月二三日に3.1単位、二六日に1.1単位であつたことは、「薬剤過敏性肝障害の実態」で報告されている薬剤過敏性肝障害の患者の血液像の傾向に合致するものであること、他面、三枝子のHBs抗原、抗体は陰性で、三枝子が当時B型ウイルス性肝炎に罹患していたものとは認められないこと、三枝子の抗DNA抗体は陰性で、三枝子はエリテマトーデスに罹患しておらず、また風疹ウイルスが基準値以下で、風疹にも罹患していなかつたものと認められるところ、他に三枝子が示したような劇症肝炎に至る発熱、多様な皮膚症状、全身症状を示すウイルス性感染症が存在すること、、当時三枝子がかかる感染病に罹患していたことを認めるに足る証拠はないこと、以上を総合すると、三枝子の劇症肝炎は過敏性薬物性肝障害によるものと推認するのが相当である。

なお、「診断基準試案」、「薬剤過敏性肝障害の病態」によると、末梢血液像に好酸球増多が認められること、または白血球増多を認めることが過敏性薬物性肝障害を疑う有力な根拠とされているところ、三枝子の白血球数は、一月一八日に三一〇〇、二三日に二三〇〇、二五日に五四〇〇、二六日に八四〇〇であり、好酸球は検知できなかつたのであるが、「薬剤過敏性肝障害の病態」によると、薬剤過敏性肝障害の患者のうち、白血球数が三〇〇〇ないし七九〇〇の患者が五四パーセント、好酸球が五パーセント以下の患者が四〇パーセント存することが報告されており、三枝子の白血球数、好酸球に増多が認められないことをもつて、直ちに前認定を左右するものとすることはできない。

また、「薬剤過敏性肝障害の病態」によると、薬剤過敏性肝障害の患者については、GOT、GPT値の間に差異がなく、それぞれ二〇〇単位以下が半数存したことが報告されているところ、三枝子のGOT、GPT値は右数値をはるかに上回るものであり、かつGOT値がGPT値を上回るものであるが、右「薬剤過敏性肝障害の病態」では、GOT、GPT値が五〇〇単位以上を示す場合が二二パーセント、一〇〇〇単位以上を示す場合が八パーセント存することが報告されており、三枝子のGOT、GPT値も前認定を左右するものではない。

してみると、三枝子は、当時被告の投与した薬剤以外の薬物を摂取した形跡は認められないのであるから、右過敏性薬物性肝障害は、前記二の2ないし4において認定した被告の投与したヤマシリンその他の薬剤に因つて発症した蓋然性はかなり高度に認められ、被告の右投薬と三枝子の死亡との因果関係を肯定するのが相当である。

四被告の責任

1  請求原因4項(一)の診療契約の成立については、当事者間に争いがない。そこで、被告に右契約上の過失ないし不法行為上の過失があつたか否か検討する。

2  問診義務違反について

<証拠>によれば、ヤマシリンは、一般的注意としてショックなどの反応を予測するため十分な問診を行なうことが求められ、既往にペニシリン系薬剤に対する過敏症を起こした患者に対しては禁忌であつて、本人、両親、兄弟が気管支ぜん息、発疹、じんましん等のアレルギー反応を起こしやすい場合には慎重投与すべきこと、が認められる。

原告は、被告が薬剤アレルギー、食物アレルギーなどについての既往歴の有無を三枝子、三枝子の両親、兄弟について問診することを怠り、三枝子にペニシリンアレルギーのあることを看過して投薬した旨主張する。

しかし、被告が三枝子の薬剤アレルギーの既往について問診したことは第二項で認定したところであり、ヤマシリンが経口ペニシリン剤で毒性の弱い薬であること、その余の解熱剤も一般に使用される薬剤であることからすると、三枝子の家族の薬物及び食物アレルギーの既往については、問診することが望ましかつたとはいえるものの、それをなさなかつたとしても、被告にこの点における注意義務違反があつたことを認めることはできない。

3  原因究明のための諸検査実施義務違反

原告は、被告が、初診時、血液検査、X線撮影、細菌検査等の諸検査をせず、急性咽頭炎兼気管支炎、右耳下腺炎という診断を下し、その後も必要な検査を行なわなかつた旨主張する。

確かに、医師としては患者の疾患を治療するためには、その原因を究明する必要があり、そのための各様の診察、各種の諸検査をすべきであるが、その求められる範囲は患者の症状に応じておのずと異なるものになると言わざるを得ない。

しかし、本件について、三枝子の症状は、初診時である一月一一日には発熱、右耳下腺腫脹、咽頭の発赤であり、同月一六日には、再度の発熱、悪心、食欲不振であつたもので、そこには重篤な症状を窺わせる兆候といつたものは認められず、右時点において、被告が血液検査等の諸検査をなさず、右症状から急性咽頭炎兼気管支炎、右耳下腺炎と診断したとしても被告に原因究明義務の懈怠があつたとすることはにわかにできない。

また、同月一八日、同月二〇日、同月二一日にみられた三枝子の症状は、発熱、咽頭の発赤、全身の発疹、そう痒感、頸部両側のリンパ腺の腫脹圧痛、扁桃の肥大充血膿栓形成といつたウイルス性感染症を疑わせる症状で、その間、被告は、胸部レントゲン検査、血液検査を行い、その結果が同月二〇日に判明していたが、それによると、GOT値七八、GPT値一一六、黄だん指数六、白血球数三一〇〇と軽度の異常を認めたにすぎず、同月二二日には脳炎、髄膜炎等を想定し、大病院での診察、治療を考えてその手配を始めていたのであるから、右各時点において、被告に原因究明のために被告が現におこなつた以上のより精密な諸検査をすべき義務があつたものとは認められない。

4  薬剤投与の不適切

原告は、ヤマシリン、エンピナースP、スルピリン、ブルフェンは、副作用の発現に注意し、適切な種類、数量を投与すべく、発疹等のアレルギー症状が現われた場合には投与を中止すべきであつた旨主張する。

被告の三枝子に対する昭和五七年一月一一日、同月一三日、同月一六日及び同月一八日の各投与の薬剤の種類、数量は前記二項の2ないし4に認定したとおりであつて、その薬剤が多種、多量である感は否めないけれども、同説示の三枝子の当初からの症状の経過及び重篤化並びに<証拠>によれば三枝子が小児といつても小学校六年で体格も良く体重も三〇キロ以上であつたことが認められることを参酌すると、被告の右薬剤投与が適切を欠いたものとは、にわかに認め難いところである。

<証拠>によれば、ヤマシリンは、発熱、発疹、じんましん等のアレルギー症状があらわれた場合には投与を中止すべきことが認められ、ペングローブについても、右ヤマシリンと同じ合成ペニシリンであるから、同様の事実を推認することができる。そして、三枝子が、一月一五日、一六日ころから再度発熱し、その後高熱が続き、同月一九日夜には全身に発疹し、そう痒感を伴つたこと同月一八日に実施した血液検査の結果によれば、GOT値七八、GPT値一一六、黄だん指数六であつたことは前に認定したとおりであるが、他方、同月二〇日に被告が三枝子を診察した際には、頸部両側のリンパ腺の腫脹、圧痛が認められ、同月二一日には、著明な咽頭の発赤、扁桃肥大充血、その左部に膿栓の形成が認められ、同月一八日に実施した血液検査の結果によれば、白血球数の減少、血沈値の軽度の促進が認められ、胸部レントゲン撮影の結果肺紋理の軽度の増強が認められたのであつて、以上によれば、三枝子の症状には薬剤に対してアレルギー症状を起こしていたことを疑わせるものがあつたとはいえるものの、他方、ビールス性混合感染症を疑わせる症状も存していたのであつて、しかも発熱についてはその原因がアレルギー症状としてのそれなのか感染症によるものなのか、その時点においては判断しえず、ビールス性混合感染症の重症化に対する処置をとらざるを得なかつた状況にあつたものといえるのであるから、被告にペニシリン製剤等の起因物質の投与を中止すべき義務があつたものとはにわかに認められない。

5  転医義務違反

<証拠>によれば、医師は、患者の疾患について専門範囲外であつたり特異な疾患であつたりして適切な治療をなすに充分な能力、経験、医療設備を有しない場合には、より適切な治療を受けられる病院に患者を転医させるべきであることが認められるものの、第二項で認定したように、三枝子の症状は、耳下腺腫脹、咽頭の発赤、扁桃腺の肥大、充血、発熱、悪寒、悪心、発疹、食欲不振といつたものであるところ、その内耳下腺腫脹、咽頭の発赤、扁桃腺の肥大、充血、悪寒、悪心、食欲不振は、開業医である被告の治療能力を越えるような特異で重篤な疾患を予想させるようなものではなかつたのであり、一月一六日から同月二二日まで継続した発熱については、被告は、三枝子の右症状からビールス性混合感染症の疑いと診断して対症療法をなしたももの、発熱による体力消耗が限界とみられた同月二二日には転医手筈を整え、同月二三日には市民病院に転医させているのであるから、この点に関して、被告に転医義務違反を認めることはできない。

6  以上によれば、被告には、診療契約上の債務不履行ないしは不法行為責任があつたものとは認められない。

五結論

以上の次第であるから、原告らの請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないから、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官髙橋久雄 裁判官木下重康 裁判官田中寿生)

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